略年表

1350(正平5年・観応元年) 本願寺五代綽如上人誕生

1384(至徳元年) 綽如上人、譲り状を記して越中へ赴く

1390(明徳元年) 綽如上人、勧進状を認め瑞泉寺建立に着手

1393(明徳4年) 綽如上人没

1436(永享8年)以降 二代如乗(巧如上人の子息、本願寺八代蓮如上人の叔父)を瑞泉寺へ派遣

1460(寛正元年)以降 蓮如上人二男蓮乗(永正元年没)を瑞泉寺三代住持とする

1469(文明元年) 瑞泉寺蓮乗に親鸞聖人絵像下付される

1481(文明13年) 瑞泉寺ほか門徒衆、石黒氏・惣海寺衆と田屋川原で合戦(砺波郡一向一揆)

1506(安永3年) 一揆衆、越後長尾能景を般若野で破る

1542(天文11年) これ以降、瑞泉寺(川上衆) 勝興寺(越中衆)の与力体制が定着する

1581(天正9年) 佐々成政の破却にあい、北野へ移転

1585(天正13年) 豊臣秀吉が北野瑞泉寺へ「禁制」を与える

1591(天正19年) 瑞泉寺、前田家から井波への屋敷替え許可を受ける

1596(慶長元年) 竹部屋敷跡に九間四面仮本堂建築

1605(慶長10年) 加賀藩の検地により瑞泉寺屋敷地が与えられる

1613(慶長18年) 北野より井波に戻り、屋敷地に仮本堂を移転

1619(元和5年) 瑞泉寺屋敷地検地。上田権助と境相論

1642(寛永19年) 瑞泉寺御堂の再建開始

1649(慶安2年) 十代宣良の時、西から東へ転派。教如上人の真影を下付される以後、城端別院善徳寺とともに触頭として隔月で任に当たる

1658(万治2年) 十四間四面の御堂、一八年がかりで完成

1694(元禄7年) 十一代常照(浪化)上人、向井去来の紹介で芭蕉の直弟子となる。山門再建

1713(正徳3年) 御坊となる

1716(享保)前後 十二代真照(桃化)、太子の絵解き始める

1738(元文3年) 鐘楼完成

1763(宝暦12年) 町屋出火、土蔵を残し瑞泉寺焼失

1774(安永3年) 十七間四面の本堂完成、 翌年九月一二日遷仏式行われる

1785(天明5年) 山門釿始

1791(寛政3年) 鐘楼完成

1792(寛政4年) 式台門(勅使門・菊の門)完成

1847(弘化4年) 太子堂完成

1809(文化6年) 山門上棟式

1808(文化7年) 山門天井絵、岸派絵師森間材により描かれる。

1821(文政4年) 大廊壁完成

1843(天保14年) 太子堂建立のための太子講会を挙行、講札発行

1847(弘化4年) 太子堂完成

1863(文久3年) 銃卒方稽古所を瑞泉寺内に設置

1873(明治6年) 太子絵伝等天皇に上覧

1876(明治9年) 大谷派別格別院となる

1879(明治12年) 寺内より出火、山門等を残し焼失

1885(明治18年)  本堂完成

1907(明治40年) 派内の学者を集め講演を実施。

1911(明治44年) 太子堂起工式

1918(大正7年) 太子堂完成

1927(昭和2年) 聖徳保育園を開設

1934(昭和9年) 後小松天皇五〇〇回忌法要記念として瑞泉会館完成